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2017年秋に開催された総務省主催の「ICTイノベーションフォーラム2017」において、ギネスワールドレコーズジャパンの小川エリカが特別講演を行いました。テーマは、「ICTでギネス世界記録を目指すには?」でした。ICTとは、インフォメーション・アンド・コミュニケーション・テクノロジーのことで、一見、ギネス世界記録とは無関係にも思える分野に見えるかもしれません。

しかし、ギネスワールドレコーズがここ数年間、取り組んできたプロジェクト「匠ニッポン」には、日本の職人技や日本テクノロジーから世界一を探すというミッションが込められているのです。そんなこともあり、ギネスワールドレコーズは、ICT分野に大きいに注目をしています。そして同講演に、ゲストで出演してくれたのが上田学氏、米国 MODE社(IoTベンチャー企業)の代表です。この上田さんという人物、実は、Yahoo!やGoogle、Twitterといった米国の名だたるIT企業において、トップのITテクノロジーを黎明期から支えてきたキーパーソンです。日本が誇るエンジニアと言えば、世界のテクノロジーを知る彼の頭の中をのぞきたくもなるはずですね。

そこで、ギネスワールドレコーズジャパン小川が、「ICTでギネス世界記録を目指すには?」に関して、IoT関連のベンチャー企業MODE, Inc.のCo-Founder兼CEOの上田学(ガク)氏に、一歩踏み込んだ話を聞くことにしました。「世界を目指すとは?」「テクノロジーでギネス世界記録を目指すことの意味とは?」について、特異でありながら最先端の専門分野を歩く上田氏は何を思うのでしょう?


小川:ツイッター本社ではロンドンのエンジニアたちのチームリーダーだったんですね。日本人リーダーは海外では珍しいですよね。
 
上田:一時期でしたがロンドン開発チームの面倒も見ていました。会社が小さい時に入ると色々いい事があります。入った当初はサンフランシスコのチームのマネージャーでしたが、2年で会社が4倍くらいの規模になったので役割がどんどん増えていきました。お陰でロンドンチームを任されたり、いろんなことが経験できました。グーグルの時もそうで、入った時は1000人ぐらいだったんですけど、辞めた時は多分3万人以上になっていましたから30倍です。
 
小川:元は日本の外資の会社から、突然グローバルな環境に身を置かれるというのは、いいかがでしたか? 英語でのコミュニケーションも最初は難しかったと思うのですが…。。 
 
上田:私は大学生の頃に毎年のように外国を一人旅していて、周りに日本人がいないので、英語が下手でもあまり恥ずかしくないというのを早い段階で経験できたのがラッキーでした。その時の経験から「外国の人も普通の人間で、自分たちと同じだな」と感じて外国人とのコミュニケーション恐怖心がなくなりました。
 
 
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          世界各地を旅していた大学生時代。



小川:アメリカ生活16年で、自身の感覚は変わりましたか?
 
上田:そうですね。最初の頃はアメリカかぶれで、シリコンバレー万歳、日本のやり方はダメだと思っていました(笑)。でもそれが10年もすると一周して、今はシリコンバレーの良くないところや日本の良さも見えてきたりします。
 
小川:エンジニア職の人は、人前でプレゼンテーションするっていう文化が薄いと思います。上田さんは、エンジニア職と社長職をどう使い分けていらっしゃるのでしょうか?
 
上田:スタートアップでの仕事は大学生の頃の一人旅をしてる時と全く同じで、自分がやらないと誰も私の問題を解決してくれません。兎に角やったことの無いことでも苦手なことでもやるしかありません。例えば、投資を貰わないといけなければ、ベンチャーキャピタルにプレゼンをしにいきます。といっても簡単にうまくいくわけはありません。40、50回っても毎回毎回「ノー」を叩きつけられます。
 
小川:それは辛いですね。どうやって、それを乗り越えたのでしょうか?
 
上田:へこたれそうになった時に誰かが教えてくれたことなのですが、「ノー」と言われた数が増えると「イエス」に一歩近づくって教えてくれたんです。もう1つは、毎回ダメな理由を考えて次は違う方法を試してみる。「ノー」と言われる度にプレゼンをアップデートしていたら、結局バージョン30位になりました。振り返って最初のプレゼンを見てみると、「これじゃあ伝わらないよな」って自分でも思いました。
 
大抵の事は、30回もやれば上手くなると思います。一人旅でまだ英語がたどたどしいころも、「僕は日本人の大学生で、旅行何日目で昨日はどこの町から来た」みたいな話を毎日毎日していました。すると、その話だけは上手く話せるようになったんです。プレゼンも一緒で、聞かれることもいつも一緒です。繰り返していると何でも少しずつ上手くなると思います。
 
なので、「何事でもなんとかなる」っていうのが私の座右の銘です。本当はどこかで諦めた方がいいこともあるのかもしれないですけど、私は諦めが悪いです(笑)。
 

チャンスがあったら、なんでも一生懸命やるのが大事

小川:Twitter、Yahoo!、Googleの時は、前のめりで仕事をしていたというより、必要とされていたわけですよね。
 
上田:必要とされていたかどうかはともかく、仕事は山ほどあるのでチャレンジの機会はどんどんもらえました。でも皆にチャンスがあるので、結局なんでも一生懸命やるのが大事だと思っていました。単純なことなのですが、何か人に頼まれたら、それを一生懸命やる。すると、後でいいことが起きる。そんな世の中甘くないと思うかもしれませんけど、これは本当なんですよ。だから「頼まれたことは、頼まれた以上に返す」というのが大事だと思っています。
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          米国のYahoo!で働いていた頃の一枚。


小川:私たちは、ギネス世界記録を認定する活動において、「世界を目指そう、世界に飛び立とう!」というメッセージを大切にしているんです。上田さんは既に世界で活躍をされてきた実践者なので、その言葉にはやはり説得力を感じますね。上田さんのMODE社が取り組むIoTの分野では、コンペティターも多いと思います。ギネス世界記録も、どんな記録タイトルでも、その記録内でライバルが存在します。
 
上田:そうですね。どんな技術分野でも必ず競合がいます。どんなにユニークなアイデアでも、同じことを世界のどこかで誰かすでに考えているのが普通です。最初は「競合がいる、困ったな」と思ってたんです。でも、実はこれは、他の人も取り組むぐらい将来性があることだっていう証明でもあるんです。お客様をちゃんと満足させるように一生懸命頑張れば十分競っていけます。
 
小川:なるほど、MODE社の事業はそういうスタンスで取り組まれているんですね。ところで同社の製品は、センサーのダッシュボードも、デザインがシンプルで良いですね。
 
上田:ありがとうございます。弊社のプロダクトも紆余曲折あって、いろいろ試しているうちにこの形に行き着きました。最初の1年は、プロダクトを作って売りに行きましたが1ドルも売れませんでした。投資していただいたお金がどんどんなくなって、「あと半年ぐらいでお金なくなる、まずい!」って。でも諦めずに、あの手この手、色々試してプロダクトの方向を試してみたら、ある時、急にお客様からの引き合いがグッと増える手応えがありました。
 
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       インターフェイスにこだわったMODE社のアプリケーション
 
 
小川:諦めなかったんですね! 世界一を目指す人たちも共通する姿勢ですね。それはどこを変えたのですか? デザイン?
 
上田:デザインはほとんど変わらないのですが、プロダクトの「見せ方」でしょうか。どんな場面で役に立つのかの説明の仕方が大きく変わりました。スタートアップをやっていて思うのは毎日がアクション映画みたいだということです。映画並みに次から次へと絶体絶命のピンチがに襲ってきますが、ギリギリのところでミラクルが起こって危機一髪で脱出する。インディ・ジョーンズの映画みたいな感じです。
 
小川:インディージョーンズですか(笑)。具体的には、どんな感じだったのでしょう?
 
上田:例えば、まだ全然売上がない初期の段階で、ニフティ(今の富士通クラウドテクノロジー)の方が弊社のプロダクトを採用してくださいました。そのきっかけは、たまたまアメリカで出展していた展示会で弊社の社員とその古い友人のメディアの記者さんが弊社の展示ブースでばったり会ったことでした。その場で急遽取材記事を書いていただけたのですが、その記事がニフティの方の目に止まって、面白いから見にこうと。それがきっかけでしたが、最終的には100以上ある競合製品の中から弊社のプロダクトを選んでいただきました。実績がほとんどなかった段階でニフティさんのような大企業に採用していただいたことで、道がバッと開けました。
 
 
小川:なるほど。すごい縁ですね。その調子で苦難を乗り越えチャンスをものにしていけば、素晴らしい未来が拓けそうですね。将来については、上田さんは、どんなビジョンをお持ちなのでしょう?
 
上田:今はまだ良くわかっていないことを、センサーや機械をつなぐことによって、よりよく理解できるようにしたいと思っています。それによって日々の仕事や生活がより楽しくなればよいなと思っています。世の中のインフラの一部は実はMODE社のシステムが支えていますと言える日を目指してがんばります。
 

日本人はアンダープロミス・オーバーデリバリー(約束以上の価値提供)を全員ができる

 
小川:「世界に挑む」ということをテーマにした場合に、日本人だから有利に働くようなことや、日本人ならではの長所のような点はありますか?
 
上田:シリコンバレーの会社で色々な国から来た人と仕事をしてきましたが、日本人はおしなべて言ったことはちゃんと守りますし、大口は叩きません。「アンダープロミス・オーバーデリバリー」をみんなができるっていうのがいいところだと思います。つまり、日本人は約束以上の価値の提供してくれるんですね。見せ方が下手ですけど。
 
小川:日本人の気質がよくあらわされた話ですね。これは、ギネス世界記録挑戦にも、通じるお話だなと、重ね合わせて聞いていました。
 
上田:ただ、日本の人は、言ったことはちゃんとやるけれど、できるかどうかわからないことはチャレンジしないというのもあるかもしれません。アメリカでスタートアップを起業する日本人は数少ないのですが、そもそもシリコンバレーの企業にいる日本人が少ないです。
日本の学生は昔より海外に出ていかなくなってきていますよね。私にはとても信じられないことなんですよね。日本の中だけでいいの?と。
 
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         ベンチャーの空気が漂うMODE社のオフィス
 
 
小川:日本人には、もっと挑戦心を持ってほしい、と…。
 
上田:日本の人口が減少してマーケットが縮小すれば、そこでどんなに頑張っても辛くなっていくのに、なんで皆広いマーケットへ打って出ようと思わないのだろうって。昔って、日本製品がバンバン売れて、それが自分たちのプライドだったと思うんです。しかし最近は、見ないじゃないですか。テレビも電話も韓国製になってしまいました。最近はイヤフォンなども中国製のものが意外と良かったりします。車が最後の砦でしょうか。新しく日本の製品で世界を席巻してやろうという試みは凄く少ないように思います。「アメリカでガンガン売ってやろう」っていう動きは残念ながらあまり聞きません。もちろん、唯一無二のすばらしい技術で海外からどうしても買いたいといって来てくれるようなものもありますけど、殆どのものは、やっぱり売り込んで自分から広めていかないと。
 
そういったことを考えると、IoTって、日本にとってはチャンスなんですよ。日本企業はソフトウエアに弱いです。でも、日本企業が得意なハードウェアがIoTには絡んでいるので、そこを上手にすくい出せると十分戦えるはず。「世界一」を目指せるはずなんです!日本にとっては、最後の大チャンスなんじゃないか?ってぐらいに私には思えるんです。
 
小川:日本には大きなチャンス、希望があるわけですね! IoTのプロダクトの分野に目覚めればいいですか。興味深いですね。
 
小川:そんななか、シリコンバレーで孤軍奮闘されている上田さん、なかなかの茨の道を勇敢に歩んでいて素晴らしいですね。もっと、若い日本人にも「世界にチャレンジする」ということに意識を向けてもらえるといいですよね。我々、ギネスワールドレコーズも違った角度からでは、ありますが、メッセージを発信できるように頑張りたいと思います。
 
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いいテクノロジーがあっても、それを「伝える」ためには、やはり「伝える工夫」が必要

  
小川:ところで上田さんは、どんなモチベーションをもっているから、世界で戦っていけているのだと思いますか? 自分が作ったものが評価されて売れるのが喜びでしょうか?
 
上田:まさにそうですね(笑)世界中の人に「これ、すごいでしょ」って見せたいんですよね。あとはやっぱり自分たちの作ったものが人々の役に立ってほしいです。
 
小川:なるほど、そのためにはチーム編成が大事ですよね。上田さんは、どうやってチーム編成をしているのでしょうか?
 
上田:良く知られている鉄則なんですが、自分たちよりできない人をチームに入れると、チームがどんどんダメになっていくので、自分たちよりできる人を採らないと駄目です。なので、「あなたが今まで働いた同僚の中で、一番できる人って誰?」って聞いて、その人にコンタクトを取ってもらいます。コンタクトできたら見つけたら、あとはもう、しつこく口説く(笑)。
 
小川:では、最後になりますが、「テクノロジー分野でギネス世界記録に認定される、ギネス世界記録保持者になる」ということについては、どんなことを感じますか?
 
上田:凄く魅力的なことだと思います。いいテクノロジーは沢山あっても、それを「伝える」ためには、やはり「伝える工夫」が必要だと思うんです。「世界一」って、本当にわかりやすいですよね。わかりにくいIoTとかICT、つまりテクノロジーを伝えるのには、ピッタリだと思います。小川さんの講演の中で上映されたものに、LGの洗濯機のCMや「現代(ヒュンダイ)」の自動車のCMがありました。彼らは、本当にテクノロジーでギネス世界記録に認定されて、それをうまく一般の人たちに伝えるメッセージを発信してますね。やっぱり、「伝え方が上手い!」と思いました。そして、ギネス世界記録の記録タイトルがあることで、注目も集められる。これは、凄いことだなあ、と思いました。「MODE社でも何かとれる記録あるかなぁ」と思いながら講演を聴いていました。
 
 
小川:これから上田さんには、テクノロジー分野で日本を世界へと引っ張る存在として、大いに知恵を絞ってもらって、「世界一」を目指してもらいたいですね。
 
上田:でも、やるなら、やはりチームが必要かもしれないですね。「エンジニア」だけじゃできない発想もありますからね。正しい伝え方ができる人たちがメッセージを発信すると、「LG」や「現代(ヒュンダイ)」のコマーシャルのような、凄いストーリーが出来あがるわけですから。日本のメーカー、日本人が、「どこを強くすればいいのか?」は、あれでよく理解できたような気もしますね。LGのコマーシャルを見て、日本のメーカーの社長さんが、鶴の一声で「いくら使ってもいいから、お前らあれを超えろ!」とか、男前なこと言ってほしいですね。
 
本田宗一郎さんのように、「採算合わないけどF1やれ!」みたいな豪快オヤジが社長になってくれると、世界でも強いと思うんです。世界一になるという夢をスタッフ全員に見させないといけない。「この人のために働きたい!」って思ってもらわないといけないんですよね。私もMODE社での活動を通じて、そうやって夢や希望を世界に向けて発信できるように、頑張ります!
 
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上田さんの力強い言葉の数々からは、テクノロジーの分野で世界を目差すことの面白さ、熱さが、伝わってきました。また、これからの日本人や日本企業がどちらの方向に進むべきか、インスピレーションに溢れた話でもありましたね。ギネスワールドレコーズジャパンは、匠ニッポンやICTフォーラムのサポートなどを通じて、今後もテクノロジー分野に注目していきたいと思います。