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イギリスを代表するエンデュランス水泳選手で、複数のギネス世界記録を保持しているルイス・ピューさんが、今年のはじめに新たなギネス世界記録に挑みました。

彼の定番スタイルであるビキニパンツ、キャップとゴーグルのみを身につけ、南極の雪解け水からできた川を泳いだのです。その結果、2020年1月23日に「初の南極氷床下水泳|first person to swim beneath the Antarctic Ice Sheet」に認定されました。

「水泳界のエドモンド・ヒラリー」とも評されたピューさんは、この挑戦のために6か月間かけて準備をしました。当初は南アフリカで練習し、次にスコットランドのルイス島に移動。徐々に気温・水温の低い環境に慣れていったのです。

Meltwater lakes and rivers carved into the ice sheet are becoming ever more common during the Antarctic summer 

南極の水の状態について聞くと、ピューさんはこのように答えました。

「オリンピック大会でのプールは27℃。夏のイギリス海峡は18℃。5月の北海は9℃です。そこからさらに5℃下げると、タイタニック号が沈没した際の水温になります」

しかしピューさんが泳いだ南極の水温は0.1°Cでした。

呼吸をするのもままならない状態で、空気を取り込もうと必死になるんです。凍るような感覚になるのかと想像するかもしれませんが、実際はその逆。焼けるような感覚がします。本当に冷たい環境にさらされると、そこから回復するのは難しいです。泳ぎ終わった後、私の指は、板のように凍っていました。

Just before his Antarctic swim, Pugh had to mentally prepare and, he tells us, he had to 'commit 100%' 

およそ10分に及んだスイムで強烈な冷たさに耐えるのみならず、氷河でできたトンネルをくぐり、ブライニクルの数センチ下を通る必要がありました。ピューさんは、このスイムが最も恐ろしくスリリングなものだったと言います。「スタートに立って思ったんです。何か間違ってしまったり、アイスフォールが起きてしまったら、川の流れに逆らって戻る事はできないと。ここで死ぬんだと思いました……スイムをする前にこんな事が頭をよぎるのは良くないですね!だから自分の100%を挑戦に注ぎました。そうしないとできません。水に入った瞬間は、過去も将来もありません。今の事だけを考える必要があったんです」 

Prior to the swim, Pugh explored the ice tunnel with two members of the project team: the former President of Costa Rica and now chairman of Antarctica2020, José María Figueres; and Russian Senator and fellow UN Patron Slava Fetisov 

「トンネルの下は、今まで見てきた中で最も美しいものでした。泳いで浮くにつれ、色がターコイズブルーからロイヤルブルー、バイオレットに変わっていきました。しかしこの美しさの裏には過酷な状況がありますーーこの場所は速いスピードで溶け始めているのです」 

Legendary ice hockey player and UN Patron of Polar Regions Vyacheslav (Slava) Fetisov helps Pugh to warm up after his subglacial swim 

ピューさんがこのスイムに挑戦したのは、自身の実力を試すためではなく、地球温暖化によって南極の氷床が融解している事実をより多くの人に知ってもらうためなのです。 

Pugh is calling for a marine protected area to be established around East Antarctica in a bid to help the native fauna 

実際、ピューさんが記録達成した数週間後に、南極の気温が過去最高の18.3℃を記録しました。この気温は、世界気象機関 からの最終データをもってギネス世界記録にも登録される見込みですが、2015年に記録された17.5℃を大きく上回った事となります。

科学者たちによると、1月には東南極氷床の上には65,000の氷河上湖が存在し、それらがピューさんが泳いだ川に発達していると言います。川が増えるにつれ、氷の層が不安定になり、より多くの氷が崩れていく可能性があるのです。  

実際2017年には、「最も大きな氷山|largest iceberg」(A68A)がラーセンC棚氷から分離しました。 

南極の氷の溶解を止め、不安定な生態系を守りかつ、世界の海面上昇を防ぐべく、ピューさんは国際的な行動を求めています。 

その中でも重要な提案の1つが、東南極の海に保護地域を設ける事。南極は複数の政府が管理していて、それぞれ意見が異なる事もあり、制度などを変えていくのは容易ではありません。 

しかし、2016年にロス海に同様な保護地域をつくる事に貢献したピューさんは、新たな変化も不可能ではない事を知っています。そんな彼の長期的な目標は、南極大陸全体に保護地域のネットワークをつくる事です。  

2013年に国連の「Patron of the Oceans」に任命され、もとから海事法律家でオープンウォーター・スイミングに情熱を注ぐピューさんは、ユニークなキャンペーンを行ってきました。 

そしてエクストリームなスイムを通じて、世界中で起きている環境問題にスポットライトを当ててきました。

Pugh swims past the Palace of Westminster in London during his Thames swim in 2006 

例えば2006年、ピューさんは「初めてテムズ川全長を泳いだ人|first person to swim the length of the River Thames」を達成。350 kmのスイムを通じて、イギリスでも地球温暖化の影響を受けている事を訴えました。

挑戦当時、イギリスでは深刻な干ばつが起き、テムズ川の水源の水位も航行不可能な状態まで落ち込んでしまったのです。そのためピューさんは、はじめの40 kmを走ってから、スイムに切り替えました。 

「水源に着いて、そこが完全になくなってしまった時の事は忘れません。非常に暑くて、スイムも最初から最後まで辛かったです。川の流れは全くない。ぬる温かくて泥のように汚染された川に6~8時間頭を入れているような感じでした」 

As part of his River Thames swim, Pugh called in at 10 Downing Street to discuss his climate-change concerns with the then prime minister, Tony Blair 

ピューさんはこの他にも「初の北極横断長距離水泳|first long-distance swim across the North Pole」(2007)を達成。その時の水温は、海水のため0℃以下だったとか。 

さらに、エベレストの標高5,300 mにある氷河湖を泳いだり(2010)、7つの海で長距離スイムを達成したり(2014)しています。これら全てのスイムは、海洋生態系をはじめとした環境問題を提起するために行いました。  

Pugh during his record-setting swim that traversed the North Pole, where the water temperature dipped to subzero conditions 

最近では「初めてイギリス海峡全長を泳いだ人| first person to swim the length of the English Channel」(2018)を達成。49日のスイムを通じて、イギリスを囲む海で起きている魚の乱獲やプラスチック汚染の問題に焦点を当てました。 

Pugh celebrates on Shakespeare Beach in Dover, Kent, UK, after completing his 49-day swim of the English channel lengthways 

スイムを終えたピューさんは当時「ショッキングだったのはスイム中に"見られなかったもの"です。魚数匹、イルカ数頭、鳥数羽、そしてたくさんのクラゲと遭遇する事はできましたが、それ以外はほとんど見かけませんでした。イギリスを囲む海は深刻なほど乱獲されているのです。この海を守るチャンスがあります。今守らなかったら、私たちの世代に残る魚はありませんーー次の世代の事は論外です」 

ルイス・ピューさんについてや、彼の国連Patron of the Oceansの活動については、ピューさんの ウェブサイト をご確認ください。

Header/thumbnail photo credits: Kelvin Trautman