缶コーヒーの最長寿ブランド 「UCC ミルクコーヒー」

大きな一室のスペースを埋める、背の高いタンクの数々……。ここは、UCC兵庫飲料工場の調合室だ。この場所で同社の長寿ブランド『UCC ミルクコーヒー』が製造されている。

50年間ほぼ変わらない製法には、コーヒーメーカーとしての心意気を感じさせるこだわりが詰まっている。中央にある3基のタンクはコーヒー抽出機。隣の工場で焙煎されて間もないコーヒーが、すぐさまここで抽出される。焙煎した豆を粉砕、即抽出して缶コーヒーを作っているメーカーは他にはいないという。そして抽出機の左側には20,000リットルの調合タンクが3基あり、ここで抽出されたばかりのコーヒー、牛乳、砂糖などが混ぜ合わさる。『UCC ミルクコーヒー』の原材料は、分離を防ぐための乳化剤、粉乳を除いては、コーヒーと砂糖、牛乳のみ。香料は一切使っていない。

「いつでも、どこでも、1人でも多くの人においしいコーヒーを届けたい」というUCC創業者、上島忠雄(うえしま・ただお)氏の想いで創られた『UCC ミルクコーヒー』は、2019年に発売50周年を迎え、缶コーヒーの最長寿ブランドとしてギネス世界記録に認定された。半世紀もの間、日本人に親しまれてきたこの缶コーヒーはどのようにして生まれ、コーヒー業界、そして飲料業界に影響を与えたのか。その問いを紐解くために、UCCホールディングスの上島達司(うえしま・たつし)会長に開発秘話を聞いた。

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はじまりは「もったいない精神」

創業者の上島忠雄氏が『UCC ミルクコーヒー』を思いついた時のエピソードがある。ある日列車で移動中、停車駅で降り、電車が動くまでの間に構内で飲むつもりで、瓶に入ったコーヒー牛乳を買った。しかし思いのほか早く発車ベルが鳴り出し、飲みきれぬままに瓶を店に返し列車に飛び乗った。

もったいない――。その想いをきっかけに、コーヒー牛乳を瓶から缶に詰める事を思いついたのだ。そんな創業者の”もったいない精神”について、上島達司会長はこう語った。

「もったいない」。これは商売の基本ですよね。使ったものは投資ですから。お金でも時間でも。

瓶の欠点は飲み残しだけではなかった。瓶は重く、割れると危険だ。当時は線路や、列車内で捨てる人もいたため、ゴミの問題になったり、ガラスの破片で怪我をした人が出たりしたそうだ。

当時、缶は主に食品用として使われていて、飲料については、一部のジュースや炭酸飲料のみであまり市場には出回ってはいなかった。既にレギュラーコーヒーで缶を扱っていた創業者だからこそ、コーヒーと缶を結びつける事ができたと、達司会長は言う。

創業者に「できん」はない

そして忠雄氏は社内で缶コーヒー開発プロジェクトを発足させる。1960年代、喫茶店では濃いコーヒーにミルクと砂糖を入れるのが主流で、ブラックコーヒーを飲む習慣が殆どなかったため、缶に入れるコーヒーを“ミルク入りコーヒー”とする選択は必然だった。

製缶会社などの協力も得て、具体的に動き始めたこのプロジェクト。しかしその道のりは平坦ではなかった。

コーヒーとミルクの分離、缶の酸化……。さまざまな問題が忠雄氏の行く手を阻んだ。しかし達司会長によると、「諦める」という選択肢は創業者の頭の中にはなかったと言う。

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創業者というのは思いついた事をどうやったら実現できるかを考える。つまり、できないという発想はまずないんですね。「缶に入れたらええんやないか」と思ったら、何としても成し遂げようとする。コーヒー屋の意地と執念が缶コーヒーを生み出したのでしょう。

缶コーヒーが変えた、コーヒーの姿

プロジェクトが始まってからおよそ1年。あらゆるハードルをクリアし、ついに1969年4月、ミルク入り缶コーヒーが誕生した。しかし発売当初はなかなか受け入れられなかった。

最初は、コーヒー業界からも「缶コーヒーは邪道」と非難されました。しかし、一度飲んでいただいた皆様から「おいしいやないか、置いていけ」とご好評いただきました。最初は、飛び込みで食料品店に3ケースだけ置かせていただいて、次第に10ケース、30ケースと注文が増えてといった具合に、少しずつ販売が広がって行きました。

発売から1年。ファミリーレストランや外資系のファストフード店が次々とオープンし、外食産業元年(1970年)を迎える。『UCC ミルクコーヒー』も、「容器からそのまま飲める」、「外で飲める飲料」と、画期的な商品として受け入れられ始めた。そして、この年開催された大阪万博で、缶コーヒーは空前のビックセールに成功し、全国に浸透する。

販売拡大の転機となったのは、大阪万博と鉄道弘済会(現KIOSK)での採用。万博会場や新幹線の売店等で多くの人々の目にとまり、また、お飲み下さった方がリピーターとなり、あっと言う間に全国に広がって……作っても作っても追いつかない状況が続きました。いやあ忙しかった(笑)

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それまで売上約50億円の会社が、翌年には100億円を突破、その後10年間で1000億円にまで成長する。

しかし、缶コーヒーがもたらしたのはもちろん収益だけではない。今までは嗜好品として飲まれていたコーヒーはより身近なものとなり、喫茶店のみならずあらゆるシーン、あらゆる場所で楽しまれるようになった。

『UCC ミルクコーヒー』は、日本のコーヒー飲用の裾野を広げた。

ロングセラーである事の意義

発売から50年、『UCC ミルクコーヒー』は、「缶コーヒーの最長寿ブランド|Longest-selling ready-to-drink canned coffee brand – current」としてギネス世界記録に認定された。

公式認定証を受け取った達司会長は、長年続いているという事の価値を改めて再確認したと語った。そして長く続いた秘訣について問うと、こう答えた。

やっぱり社員が偉いと思います。みんな一生懸命頑張ってきたからこそ今がある。

その根底にはおいしいコーヒーをいつでもどこでも一人でも多くの人に届けたいという創業から受け継がれてきた想いがある。

また、これまで、うまく時代の流れに乗れた(から続いた)というのもあります。これからも時代の流れを読み、更においしさに磨きをかけていきたいです。

いい商品ですからこれからもずっと続いて欲しいと願っています。
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これからも、幅広い世代に愛されるコーヒーとして

発売から50年。『UCC ミルクコーヒー』はパッケージや原材料の配合など、10回のマイナーチェンジを経ている。2019年4月1日にもリニューアルを行ったばかりだ。飲料開発部の担当課長、油谷仁敬(あぶらや・よしひろ)氏によると、今回のリニューアルではアラビカ豆100%を使用し、乳原料の配合を見直すことで、ミルク感を際立たせて、より飲みやすく改良したそうだ。

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最近のコーヒー飲料市場における大きな流れとしては、より飲みやすい、よりすっきりとした味わいが好まれる傾向にあるため、微調整ではあるのですが、ミルクコーヒーの良さは残しながら、現在の味覚トレンドに合わせた形でマイナーチェンジをしました。

パッケージデザインも変更した。焙煎されたコーヒー豆(茶)、コーヒーの花(白)、熟したコーヒー豆の実(赤)を表したトリコロールのデザインは変わっていないものの、1969年の発売から存在したコーヒー豆のイラストがなくなったのだ。

現代風にデザインをブラッシュアップするにあたって、よりシンプルにスタイリッシュに変えていこうという考えがありました。

その中で、コーヒーだけがこの製品の根幹ではなく、ミルクの味わいや甘さとの調和、それらのバランスが求められていると思ったので、初めて(豆のイラストを)取りました。UCCにとっては歴史的なデザインの変更だったかもしれません。
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油谷氏は、50年続く製品を若い世代にもより親しまれるようになってほしいと考えている。そのため小学校低学年でも安心して楽しめて、かつ飲みやすい紙パックのカフェインレスのミルクコーヒーも発売している。

『UCC ミルクコーヒー』は、おじいちゃんおばあちゃん世代、お父さんお母さん世代にも知られています。世代を超えて愛される製品である事こそがミルクコーヒーのアイデンティティだと思っていますので、これからも長く続く製品として大人から子供まで全ての世代に愛されるブランドになってほしいなと思います。

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取材のため工場を見学すると、達司会長と油谷氏が語った『UCC ミルクコーヒー』へのこだわりを、製造過程からも感じ取る事ができた。1つのブランドが世界一になるには、さまざまな要素が必要だ。しかしそれらの要素と同じくらい必要とされるのは、そのブランドへの愛ではないか。インタビューを終えた達司会長が去り際に静かに放った言葉は、それを表している気がした。

「やっぱり一番おいしいと思うよね。ほんまうまいと思う。」