Henri Charpentier

昨年、日本企業でありながら洋菓子「フィナンシェ」の年間販売個数で3度目の世界一に輝いた会社が、兵庫県に在る。社名をシュゼット・ホールディングスという。

シュゼットが認定されたギネス世界記録の公式タイトルは、「Best-selling plain financier (cake) company - current」。日本語に直すと、「最新年間で最も多くのプレーンフィナンシェを販売した会社」ということになり、シンプルな表現をとれば、「今、世界で最も売れているフィナンシェ」ということになるだろう。

年間に売れたプレーンフィナンシェの数は、2,400万個以上。一体、どんな秘密が彼らを世界一へと導いたのか?

今回新たにはじまった、ギネス世界記録に隠された物語を探る企画『Stories~世界記録への道』では、記念すべき第1回の記録として、兵庫県の洋菓子メーカーが達成した記録の軌跡を辿る。

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フィナンシェと父子の物語

シュゼットの創業は、今からおよそ50年前に遡る1969年1月のことだ。創業者である蟻田尚邦氏が、阪神電鉄・芦屋駅前に喫茶店を開き、その後出店したデパートからのリクエストでギフト用の焼き菓子をメイン商品として取り扱うようになったのがはじまりだった。

現在では、売上高が年間200億円を超える一大企業にまで成長したが、スタート時はこじんまりとした喫茶店だったのだ。現社長であり、先代の息子でもある蟻田剛毅氏は語る。

まさかこれだけの規模の会社になることはビジョンとして、私もそうですが父すらも持っていなかったと思います。きっと想定外だったんじゃないかな。

想定外の成長を遂げ、関西のみならず日本全国に根強いファンを持つメーカー、シュゼットが主力とする商品こそが、「アンリ・シャルパンティエ」ブランドで製造する、フィナンシェなのである。

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2代目となる現社長が継ぐ直前、会社は赤字状態に陥っていた。しかし、先代が最期の最期で思い出した「フィナンシェの底力」によって、会社は息を吹き返すことになったのだ。

新しいことが好きで、“新商品を出すぞ!” と言っていた先代が、最期に “主力商品のフィナンシェが大事なんだ。これをしっかり売っていかないと”と言って旅立っていった。後を継いで原点回帰をしようとした私は、”新商品は?”とか”夢がない”とか言われながらも、父の遺言を守るかたちで、主力のフィナンシェを軸に会社の建て直しを目指したんです。

新商品で人を驚かせることよりも、50年、100年、さらにその先も愛されるお菓子づくりという理念を二代目・蟻田社長は推進したのである。そのフィナンシェが、ギネス世界記録に認定されるほどの販売数を重ねることになったのだ。

いやぁ、ビックリしましたね。皆が、売ろう!と頑張ってくれて、気持ちひとつでこんなに売れる数字が変わるんだな、って実感しましたね。

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フィナンシェ、味の試行錯誤

同社の礎を築いたフィナンシェで再び勝負しようと腹をくくった蟻田社長は、父が創業したシュゼットを2011年に引き継ぐなか、フィナンシェづくりの大改革に着手した。

フィナンシェの香ばしい風味を決めるのは、アーモンドとバターです。1つ1つの質にこだわることによって、香りだけでなく、食感、美味しさも追求しました。

北海道産・根釧地区のオリジナル発酵バター、芳醇な香りのするマルコナ種、フリッツ種からなる2種類のアーモンドなど、すべての材料を徹底的に追求し、どこも真似できない味をつくりだしたのだ。

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もっとも、美味しさを保つためには現場での製法の工夫が欠かせない。製造工場責任者で元パティシエの氏平氏はこう語る。

焼く工程も気を抜きません。フィナンシェを焼く際、天板に引っ付かないよう離型剤が必要です。多くの会社はこれに安価なマーガリンを使用していますが、シュゼットでは素材のベースとして欠かせないバターを噴霧して味を保っています。

また、フィナンシェに厚みを出すことで、火が入り過ぎず、表面はカリっとして中はしっとりした食感が生まれます。また、自社挽きして5分以内に生地に練り込むという形態をとっており、粉末状態のアーモンドを仕入れて製造している他社のフィナンシェとは、決定的に香りが違うんです。

シュゼットでは材料だけにとどまらず、焼く工程にも100%のこだわりをもつ。もちろん、商品開発の時点から一切の妥協は許されない。フランス菓子のコンクールで世界準優勝を果たした、同社のパティシエである駒居氏は、アンリ・シャルパンティエの洋菓子の魅力について「シンプルだけど、ちょっとモダン」こう語っている。つまり伝統の味にプラスして、駒居氏をはじめパティシエのアイディアが盛り込まれているのだ。

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2,400万個のフィナンシェがもたらした喜び

「顧客に受け入れられる商品づくり」というものは、「量」と「質」が同時に達成されてはじめて成立する。シュゼットの場合も、洋菓子の「美味しさ(=質)」を「安定的に供給(=量)」できなれば、世界記録も成し得ないわけだ。

しかし「量」を増やすと、必然的に「質」とのせめぎ合いが生じる。にも関わらず、同社では、「質」を高めるため、自らそのハードルを上げてきた。なぜ高いハードルを課したのか。氏平氏は答える。

それを支えている根底の考え方は、経営理念に行き着きます。売上の数だけお客様の喜びや幸せがある。フィナンシェが2,400万個以上売れると、それだけの数のお客様に喜んでもらえるシーンが生まれるということなんです。

洋菓子をただ食べるだけでなく、その場の空間も潤いあるものにする。この思いを原点とし、「たったひとつのお菓子から、心ときめくシーンを演出する」という同社のブランド理念が今も現場に息づいているのだ。

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1000年後にも「美味しい」といわれるために

先人たちの言によれば、「成功を掴む者は必ず未来に向けたビジョンを持っている」と言うが、この洋菓子メーカーも、壮大な夢を描いているようだ。

100年、もっと言えば1000年先の西暦3000年代を生きる人にわが社のフィナンシェを語ってもらいたいというのが夢です。もっと言えば、食べてもらいたいと思っているんです。未来の人にも美味しいと思って食べてもらうには、このモノづくりを、愚直に誠実に、1000年の間、毎日続けることだと思っています。(氏平氏)

常に進化をやめず、今では、シンガポールなどの海外展開も積極的に行う同社。今後もさらに、日本という商圏にとどまらず、500年、1000年先まで語り継がれることだろう。

商品開発、製造、売り場での工夫など、あらゆるプロセスにおいて、愛がある洋菓子づくりをしているからこそ、その思いという“味”は顧客に伝わっている。その愛を受け取ってくれる顧客との相互のコミュニケーションが、世界一のフィナンシェを生み出しているのかもしれない。

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取材・構成・文/ 鈴木隆文
撮影・写真/上岡伸輔
デザイン/ 佐藤桃子
制作協力/ 菅野順子
取材協力/株式会社シュゼット・ホールディングス
監修・取材/ ヴィハーグ・クルシュレーシュタ