電車の車両を一から作り上げ、パナソニックのEVOLTA単一乾電池600本を動力源に「Longest distance traveled by a vehicle on a railway track powered by dry cell batteries(乾電池で走る車両が線路上を走行した最長距離」というタイトルのギネス世界記録を達成した埼玉県立川越工業高等学校電機科「電車班」の皆さん。同高校のデザイン班と協力して作った電車は、秋田県の由利高原鉄道を舞台に22.615kmを平均時速8.8kmで走り切りました。今回は電車班13名のうち、代表して、槻木澤拓海さん(班長)、井口彰彦さん(副班長)、飯盛友也さん(広報担当)、馬場郁人さん(ブレーキ担当)にお話しをうかがいました。工業高校だからこそ可能となったそれぞれの専門性を生かしたチームワークの経験とトライ&エラーの繰り返しから学んだこととはいかに? 


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チャレンジで学んだことは仲間との協力や責任感


最初に、ギネス世界記録を認定された感想を教えてください。


馬場: 普通科に通う人とは違うことを学びたいという理由で工業高校に入ったので、そういう意味ではギネス世界記録への挑戦は奇跡に近い体験でした。無事記録達成できたことがとても嬉しいです。


飯盛: 人生のなかでギネス世界記録に挑戦して、それが達成できたことに当日はすごく驚きました。


電車班というのは2011年からあるとお伺いしましたが、どのような班なのでしょうか?


馬場: 2011年から学校の文化祭で走らせるために授業の一環で「川工電鉄」という電車を作っていました。川越工業高校には学科ごとに何種類かの課題研究班があり、電機科には電車班以外にロケット班、モーター班、スピード班があります。そのうちのひとつが電車班です。


電車班を選んだ理由は電車が好きだったからですか?


槻木澤: 他の班に比べて金属加工などの大がかりな装置を使うことが多かったので選びました。モノづくりが好きだったので、金属加工をしてみたかったのが大きな理由です。


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槻木澤


馬場: 電車製作というと他の工業高校でもやってないことなので、そういう面に惹かれて電車班に入りました。


電車班を選んだ当初はエボルタ電池鉄道の話はなかったとのことですが、実際にこのお話が持ち上がった経緯は何ですか?


槻木澤: 指導してくださる君島先生が2014年のエボルタチャレンジ(旧小坂鉄道・約8.5kmを乾電池の力のみで走行)を見て、これだったら、われわれが例年作っている電車でも挑戦できるのではないかと思ったことがきっかけです。


そこから具体的なプロジェクトとして立ち上げて、実際に設計やプロジェクトマネジメント等をする必要があったと思いますが、実際はどういうかたちで動いていったのですか?


槻木澤: 6月に本プロジェクトが発表され、これまで製作していた車両を本物の線路で走らせるにどうすればよいかという検討から始まりました。8月に試運転を控えていたので、その試運転ではかろうじて走れる程度に改造しておき、その試運転でわかった問題点を解消するために没頭しました。再び9月に試運転を行い、そこで浮かび上がった問題点を0にすべく、解消していきました。ギネス世界記録認定日の11月3日までは、試して直して、試して直しての繰り返しでした。


問題点は例を挙げるとどんなものがあったのですか?


槻木澤: 今までの車体は学校内を走ることしか想定していないので、急なカーブや勾配や下り坂を考えて作られていませんでした。本物の線路を走らせるとなると、カーブのきついところで車輪が落ちてしまったり、脱線したりもしました。また、ギネス世界記録の条件では、今までの車両のままだと速度が遅くて時間がかかってしまい、制限時間に間に合わないこともわかったので、ギアの歯車の比率を変えて速度を上げたりしました。


車両のデザインは同校のデザイン科の方が考案したとのことですが、何かリクエストを出したのですか?


馬場: 工業高校が作る電車なので、工業高校らしさのほか、本物の電車として違和感のないもの、秋田ののどかな風景に合うもの、学校のカラーであるエンジ色を入れてほしいと細かくリクエストしました。このほか、エボルタのイメージカラーも入れるようにと。ペイントもデザイン班が担当しました。


デザイン班はもちろん、デザインを専門に学ばれているんですよね?


井口: そうです。工業高校なので5つの学科があり、そのうちのひとつがデザイン科です。自分でデザインをしたり、この学校がもともと染色の学校だったので被服のことも学ばれているそうです。デザイン科で色彩も専門に学んでいるので、今回のチャレンジを通して力をみせてくれたのですごいと思いました。


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井口


こういう大きなプロジェクトとなると、外部から知恵がある人を呼んでいるのでは?と世間の人は思うかもしれませんが、純然と高校生のチームとして作り上げていったのですか?


馬場: 基本的には先輩たちが作ってきたものや、自分たちで溶接や切断加工を行いましたが、学校の設備でできないことはパナソニックさんや地元の金属加工の企業に協力してもらいました。


皆さん高校生ですが、外部の専門家とのコミュニケーションはすんなりいきましたか?


槻木澤: 結構すんなりいき、よくしてもらいました。モーターのプロの方のお話は電機科の僕にとって面白かったですし、自分の知恵になりました。


実際にその車両が出来上がってきて当日を迎えるまで緊張したと思うのですが、どんな気持ちでしたか?


井口: 実は、試運転時は900本の乾電池を使った時のみ成功していたのですが、本番には600本に減らすことになり、少し不安でした。保険をとるなら900本で走らせたかったのですが、パナソニックさんから「エボルタ電池を信じてみたい」と言われ、600本で走行することに決まりました。最終的には、皆のやってきたことやパナソニックさんの言う事を信じてチャレンジに臨みました。


飯盛: 乾電池の本数が本番ギリギリに決まったり、試運転も片道しかやっていなかったため、本当に成功するのかなという不安もあったんですが、この仲間で作り上げたものなので達成できると思っていました。


電車班の13名は全員電車に乗っていたのですか?


馬場: 区間を4つに分け、運転手、タイムキーパー、ナビゲーターという役職に分けて全員乗車しました。車両には10人乗っていなければいけないという人数合わせもあったため、自分たちでローテーションを組んで、先生が乗ったり、前区間を運転していた人が続けて乗ったり工夫していました。


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馬場


10人乗っていないといけないというのは、スピードなどの関係ですか?


馬場: ギネス世界記録の条件で、重さを一定(700kg以上)にしないといけなかったためです。このほか、たわみ板という動力を伝えてくれる重要な部品が一定の人数でまっすぐになるように取り付けるものゆえ、人数が減ると重さがなくなってねじれてしまうのです。乗車している人の重さを一定にすることによって、部品に負荷をかけないということです。


実際、エボルタ電池鉄道の乗り心地はどうでしたか?


馬場: 意外と速かったです。公式記録では坂道もあったので8.8kmですが、実際には10kmを超える区間もありました。運転手がスタートを押した瞬間、勢いよく車体が動いてくれて、本当に単1乾電池600本で動いているんだと思いました。


由利高原鉄道から見る風景はどうでしたか?


馬場: 紅葉の中を電車が走って、とても綺麗でした。


自分たちが作った車両が本物の線路を走り、田舎ののどかな風景の中を走ったのって感慨深いものがありましたか?


飯盛: こんなに綺麗な景色だったんだと気付いたのは、のちに写真を見て気づきました。本番は景色を楽しむというより、応援してくれている人に「ありがとうございます」とお礼を言っていました。周りを見ると、応援してくれる人が意外にもいたので・・・。


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飯盛


電車がゴールまで来たとき嬉しかったですか?


馬場: 遠くから小さい電車が徐々に大きく近づいてきた時は嬉しかったです。当日、途中から雨が降ってしまい、自分は車でゴールに向かったんですが、行きで見えた沿線で応援してくれていた人たちの姿が見えなかったので帰ってしまっていたと思っていたんです。ただ、車から降りると終点の前郷駅では出迎えてくれる人だかりができていて「帰らずに待っていてくれたんだな」と思い、感動しました。


今回のプロジェクトで、学校自体のイメージアップも図れたのではないでしょうか? 川越の生徒さんたちにとって憧れの高校になっているのでは?


馬場: もともと、良い学校ですから。歴史が深くて、頑張ってきた先輩たちも沢山いるので、泥を塗らずにすんだという気持ちです。


最後に、この挑戦を通じて学んだことや将来の夢を教えてくれますか?


飯盛: 自分はこのプロジェクトを行って、チームワークの重要性を改めて感じました。自分ひとりじゃ何もできないし、皆で作ったことから色々学ぶことができました。今回のプロジェクトをみた人が元気をもらったとか感動したとか言ってくれたので、将来は仕事を通して元気や勇気や感動を与えられたらいいなと思っています。


井口: このチャレンジで学んだことは仲間との協力や責任感です。自分ひとりだけではこのチャレンジは成功できなかったし、連帯感が生まれました。学生のうちにそのような経験ができたことは今後、会社で働いているときに役立っていくと思いました。自分の夢としては就職先が車両の整備なので、お客様に安全安心を提供できるようにしたいと思っています。


馬場: 僕も皆と同様、チームワークと責任感を学びました。ひとりでも休むと、その人の仕事が遅くなって結局皆に迷惑をかけてしまうこともありますし、自分の仕事に責任をもって作業するのがいかに重要であるかを学生のうちに学べたのは大きかったと思います。今回のような体験は今後ないと思うし、奇跡的に今回の13人が選ばれて挑戦できたことだと思うし、この経験は本当に大切なものなのでこれを活かして将来役立てていければなと思います。


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